自転車で走行中、青信号の横断歩道内で、右折してきたバイクに巻き込みをかけられた。
自転車とバイクが接触はしたものの、両者転倒はせず、お互いに怪我はなし。
自転車・バイクへの損傷も走行には支障ない程度だった。
警察官だって人間だもの、ミスはある。
怪我がなかったからかも知れないが、事故が起きたこと自体はとやかく言うつもりはない。
が、事故後、いくつか思うところがあったのでそれを書こう。
まず、自身が警察と言えど事故後の処理には、交通課の別の警察官を呼ぶようだ。
事故後の処理の客観性や公平性を保つ事を考えればこれは正しい。
てっきり警察無線を使うかと思ったが、携帯電話を使ったのは公務の連絡ではなく、事故の加害者としての連絡だからか。
さて、交通課の人が来るまでの間、現場を目撃していた新聞屋が近寄ってきて、警察に何の恨みがあるのか、「警察のくせにふざけるな」とか、ブツブツ暴言を吐いて行った。
事故の被害者は私だ。
その私が怪我もなく大丈夫だと言っているのに、部外者の新聞屋がバイクのナンバーまで記録して他の警察に通報したりするのは非常に違和感を感じた。
市民の安全を守るはずの警察。
今回はたまたまミスを犯してしまったわけだ(※1)。
新聞屋の件が警察への個人的な怨恨なのかよくわからないが、警察と言うだけでなぜこうも目の敵にされなければならないのか、市民からこうまで信頼されいないのかと思うと悲しくなった。
事故を起こした彼は、そういうことを敏感に感じ、市民に信頼される警察を作る為に、今後の行動に変化があるだろうか。
さて、一方の警察の方にも組織的な問題があるように感じた。
まず、事故の現場検証をするのに駆けつけた交通課の警察官が3人。
身内の事故だからだろうか、それ以外にも何とか課の課長やらなにやらが来て、総勢6〜7人ぐらいになった。
あの新聞屋のような人間が被害者であれば、上官を呼べ、とか、むやみやたらと騒ぎ立てそうだが、私はちょっと違う感じ方をした。
「これだから公務員は。。。」と思うのは単なる偏見なのだが、こんなにも大勢でやる仕事には思えないのは確かだ。
交通事故統計によると、日本国内の年間交通事故発生件数は約80万件。
今回の事故検証にかかった時間は約0.5時間。
今回の事故検証で無駄だった人数を4人とすると、
800000 x 0.5 x 4 = 1600000[Man-Hour]
仮に1ヶ月の労働時間を160hrsとして計算すると、実に10万人月もの無駄だ。
もちろん、今回ほど簡単な事故の方が珍しいだろうし、毎度、事故処理に必要な人数は変わるので、この計算はそのままは信頼に足る数値とはいえない。
事故検証にかかる平均時間と平均無駄人数の推定値から、フェルミ推定を使って、もう少しまともな定量化ができるだろうが、今回は「いかに無駄があったか」ということを強調するだけの方便なので省略する。
交通課の仕事は、企業の中における間接部門の生産性の問題に通じるものがあり、ものを作り出しているわけではないので、成果の定量的な評価がしづらいのが今回のような無駄とも思える行動につながった原因だろうか。
ところで、物損と人身では事故の重大性が異なる。
この事故を起こした警官を悪意を持って陥れたいなら話は別だが、私自身の時間の無駄でもあるので、病院にはいかないつもりだった。
また、自転車への損傷もほとんどなく、新しい自転車を買ってもらえるわけではないし、量販店で買った安い自転車だったので、特に修理する必要もない、と言ったら、「答申書」なるものを書いてくれ、と言われた。
答申書なるものの法的拘束力がどの程度のものかわからないが、「答申」とは、「上級の官庁や上役の問いに対して意見を申し述べること」だそうだ。
答申の意味は後から調べてわかった話だが、事故の被害者である私が下で、警察側が上だという上下関係が存在していたことは、ちょっと気分が悪い。
私自身への検分が終わった後、昨日はかなり冷えたので、警察の車両の中で待機させてもらった。
寒いから中へ、という配慮は大変ありがたかった。
が、答申書を作成を依頼する環境はよくなかったのではないか。
警察車両の中の密室で、交通課の警察官と1対1、と言う状況でお願いされたのだ。
意思が薄弱な人にとっては、これは無言の圧力になりはしないか。
なんだか、冤罪が発生する土壌の一端を見た気がした。
こういう態度だから、あの新聞屋のように、隙を見せるとバッシングの対象になってしまうのだろう。
私の部下にも、体を動かす、世間のためになるような仕事がしたいと言って、警察を志望し、退職した若いヤツがいたが、彼は今どうしているだろうか。
※1 私がソフトウェア開発業界に従事しているせいかも知れないが、ヒューマンエラーというのはゼロにはできないと思っている。「バグを出すな」ということを上から強制しようとしても、人間は必ずミスをする。現実の世界では、人間がミスを犯すと言う前提で、人間が不得意な分野で人間性・属人性を排除するためにオートメーション化したり、ミスによる被害をいかに最小限に食い止めるかを考えたほうが現実的で、まともな解が得られることが多いのではないだろうか。たとえば、交通事故に関していうと、車のエアバッグとか、バイクのヘルメットとかは、リスク管理の一環だろう。
2008年12月15日
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